昔ばなしじゃ!ひろしま– category –
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昔ばなしじゃ!ひろしま
宮島の七不思議 鹿が道案内?
宮島には「鹿が道案内した」という伝説がある。厳島合戦(1553年)毛利元就が、対する陶晴賢を宮ノ尾城におびき寄せ、背後から奇襲する際、暴風雨の中、包ヶ浦に毛利軍三千五百の兵が上陸した。暴風雨で道がわからなくなったこの兵を陶軍の背後まで山道を... -
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宮島の湧き水(誓真釣井)
寛政年間、伊予の国の武士であった誓真さんは島内10ヶ所に井戸を掘ったとされている。誓真さんは井戸だけでなく、「しゃもじ、茶道具」なども伝え、島の産業振興にも大きく貢献したそうです。現在残っている井戸4ヶ所のうちの一つ「幸町の誓真釣井」を守っ... -
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津久根(つくね)島(しま)の民話「あまんじゃく」の話
広島市の郊外、五日市から4km位の瀬戸内の沖合いに標高20m位で回りは130m位の小さな無人島がある。この島が「津久根島」で「あまんじゃく」の民話で知られている。その昔、五日市の海老山の麓に漁師の夫婦がおったげなあ、その夫婦には一人息子がおっ... -
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江波のおさんぎつね(広島市中区)
昔、江波が島であった頃の話じゃそうな、この島によう人を化かす老狐が住んでおった。土地の者は、その老狐を於(お)三(さん)狐(きつね)とよんでおった。ある晩、中村一之進と言う能役者が、宮島で能囃子をおえての帰り、冬の寒風は容赦なく顔に吹き付ける... -
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落人の集落
沼田郡阿戸村丹原(現在。安佐南区沼田町阿戸)標高480mの山の中、ここに丹原集落はありました。昭和48年900年余りの歴史を持つ丹原集落は、交通の不便さから1戸また1戸と出て行きついに無人となり、昭和62年5月この地にその証の石碑が建てら... -
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道路脇に古墳! 〜葛子(かづらこ)古墳〜
広島県竹原市北部にある古墳遺跡。新庄町葛子(かづらこ)地区の住民の皆さんが「郷土の歴史を知ってもらい、守って行こう」と、地元の葛子古墳の周りを手入れして、案内板を設置されたのこと。古墳時代の横穴式石室で幅約1.5m、奥行き約4m。広島空港につ... -
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大正時代にタイムスリップ 〜尾道商業会議所記念館〜
尾道市駅前、土堂の商店街をのんびり歩いているとレトロでモダンな建物に出会います。この「尾道商業会議所記念館」は1923(大正12)年に建築された建物を改修して再現したもの。古くから港町として栄えた尾道に商業会議所が設立されたのは1892(明治25)年、... -
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大石内蔵助が植えた桜 −三次市 鳳源寺−
忠臣蔵で有名な大石内蔵助良雄と阿久利姫(後の瑶泉院)ゆかりの地が広島県にもある。三次浅野家阿久利姫が赤穂藩浅野長矩へ輿入れの際、大石内蔵助がこの地を訪れ桜を植えたと伝えられている。この時はまだ後に起こる松の廊下での刃傷事件とその後のこと... -
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広島が首都だったことがある!?
1894年9月15日から1895年5月30日まで、明治天皇が広島城内に設置された広島大本営で日清戦争の指揮を執っていました。 この期間に第7回帝国議会(現国会)が開催されましたが、これは、日本の憲政史上で唯一、東京以外で行われた国会。 ... -
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吉田松陰 腰掛けの岩 −残念さんのすぐそばに吉田松陰が腰掛けたという岩が−
山陽道大野付近から看板が見える残念社から30m~40m先に「吉田松陰 腰掛けの岩」と書かれた看板があった。 看板によると、吉田松陰が江戸に護送される途中、この岩に腰をかけて、遥か故郷の島である大島を望みながら父母の恩愛に感謝し「この場こそ三県一...
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